いまここでどこでもない

I can't give you all that you need ,but I'll give you all I can feel.

The 1975『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』

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デビューアルバム『The 1975』はモノトーンな美意識が、少なくともビジュアルイメージに関しては、貫かれていたが、最新作においてカラフルな装いに転向しても彼らの最大の魅力は少しも損なわれていない。甘さ。チョコレート、それもブラックではなくホワイト・チョコレートの胸焼けするような甘さ。麻薬捜査官からの逃走劇といった時代錯誤的なモチーフを多用した前作から一変し、彼らが今作で描いたのはとても親密な愛のかたち。アルバムを締めくくる「She Lays Down」の歌詞を訳してみよう。ここでマシュー・ヒーリーは重度の産後うつ病に罹患した自身の母親について歌っている。

And she lays down on her bedroom floor
The chemicals that make her love
Don't seem to be working anymore



そして彼女はベッドに伏せてる
彼女の愛を生産していた抗鬱薬もこれ以上効かないようだ



She tries her best, but it hurts her chest
And even though her sun is gone
She'd like to love her child nevertheless



彼女はベストを尽くして身体を壊してしまった
薬が切れても彼女は自分の息子を喜んで愛する



My hair is brown, she's scared to touch
And she just wants to feel something
And I don't think that's asking for too much
And when I go to sleep it's when she begins to weep



僕の髪の毛は茶色で彼女は触るのを嫌がる
彼女は愛を求めたが
僕はそれが求めすぎだとは思わない
僕が眠りにつくと彼女は泣き出す



She's appalled by not loving me at all
She wears a frown and dressing gown
When she lays down



僕を愛していないことに彼女はひどく驚く
ベッドに伏せた彼女はガウンを羽織り険しい顔をしている



Well we got a plane, going to see my dad again
She prayed that we fell from the sky
Simply to alleviate the pain
Over the water, hmm
Over terrain
The engines all go bust, we turned to dust
And I've no reason to complain, yeah
And in the end, she chose cocaine
But it couldn't fix her brain



そうだ、飛行機に乗ってパパに会いにいこう
彼女は飛行機が墜落するように祈る
単純に苦しみから逃れるために
水の上に、大地の上に
エンジンが爆破して僕らは塵になる
文句はないよ
そして彼女はコカインに手を出した
それがママの脳を治すことはなかった



She's appalled oh she doesn't love me at all
She wears a frown and dressing gown
When she lays down



僕を愛していないことに彼女はひどく驚く
ベッドに伏せた彼女はガウンを羽織り険しい顔をしている



That was it



そんなお話し


バンドがこういったモードだからこそ、彼らがジャスティン・ビーバー「Sorry」をカバーしたのはとても自然な流れのように思う。ジャジーなアレンジが本当に最高。



しかし、やっぱり外人はすげーな。思わずそんな差別的な発言をしてしまいたくなるほど、The 1975のセカンドアルバムは僕たち日本人には特に眩しく映るんじゃないだろうか。『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』なんて英語ではとてもロマンチックなアルバムタイトルも『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』と訳されてしまうと何かもう全然違う。セカオザがアメトーークでドン引かれるパターンのやつだ。つまり英語→日本語と翻訳される段階で失われてしまうもの/若しくは翻訳不可能なものがこのアルバムにあるように思う。だって、ねえ?佐野元春ぐらいでしょ、日本人のミュージシャンでこんな言葉を笑わずに真剣に歌えるのは。でもこの国ではそんな純情も「天然」なんて言葉で汚されてしまう。(ただ、海外のフォーラムでも「タイトル、ダサくね?」という意見が死ぬほど多数あったことは追記しておく。)


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小難しいこと抜きに僕はこのアルバムがとにかく好きだ。音も歌詞もアートワークも全部まるっと愛している。相変わらず無駄に18曲も1枚に入れてくれて飽きないしリピートしまくっている。僕は台湾の空港でこの文章を書きながらアルバムを聴いているのだけど、まるで自分が映画の主人公のような気分でいる。音楽でこんなにナルシスティックな気分を味わうのは久しぶりだ。U2がライブを行うスタジアムの中央に設置された小さなハート型のステージ。ボノはオーディエンスからたったひとりの女性をそこへ引っ張り上げ、彼女の為だけに愛のうたを歌ってみせる。『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』の楽曲は巨大なスタジアムで何千何万もの観衆に向けて鳴らされるべきものである。そして同時に、それらはとてもプライベートな響きをしている。僕と音楽だけがここにあって、でもここは仄暗いベッドルームじゃない。僕は今、世界の中心で音楽を聴いている。摩天楼の屋上から、スタジアムの中央から、眩い無数のスポットライトの中から。そこからでも君がよく見える。君の美しい寝顔が。



 My Favorite 5 Tracks of Album 



5. UGH!

先行シングル第1弾「Love Me」に比べるとファンク色は薄まったけれど丁度いい塩梅だと思う。岡村ちゃんの『幸福』を聴いてそのファンクなグルーヴに改めてぶっ飛ばされたが、The 1975のファンクネスも決して負けてはいない。線は細いけれど、その分しなやかでセクシーだ。加えてマシュー・ヒーリーというボーカリストの歌唱のかっこよさはやはり特筆すべきものだ。フェミニンで切なくて、そういうところも含めて僕は彼が岡村靖幸と重なってみえる瞬間がある。マシューは青春にオブセッションなんて抱えていないだろうけれども。


4. I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It

(ほぼ)インストで6分超えの長尺なタイトルトラック。アルバム随一の穏やかなフィーリングはまるでピロートークのよう。MorrKaraoke Kalk、日本ならnoblescholeといったレーベル発の良質で感傷的なエレクトロニカを愛聴しているリスナーなら一発で好きになっちゃうんじゃないかな。同じくインストナンバーの「Please Be Naked」もそうだけど、電子音の使い方が所謂バンドのそれじゃない。このパーソナルな質感をColdplayはちょっとは勉強しなさい。


3. Lostmyhead

誰もが「微妙…」としか言えなかったM83の新曲で感じたフラストレーションを何かで解消したいなら、コレ。コズミックなイントロから始まり、フィードバックノイズが炸裂するドラマチックな中盤〜終盤。壮大すぎてアルバム内では若干浮いてる気がしなくもないが、宇宙スケールのラブソングだって彼らは描いてみせる。さすがに誰かの寝顔までは小さすぎて見えないけど。この曲の抜群の存在感のおかげでラスト2曲のシンプルな美しさが高まっているような、お見事。


2. This Must Be My Dream

間奏のKenny Gみたいな甘ったるいホーンが好きすぎて何十回とリピートしている。「これは夢に違いない」というコーラス部分が本当に不思議な響きをしている。先に書いた事の繰り返しになるが、空間的なスケールの大きさに反し、まるでたった1人に向けて歌われているような騙し絵に近い感覚。それは世界規模のラブソングを歌いながら1対1の親密なコミュニケーションを錯覚させたマイケル・ジャクソンというポップ・ミュージック史上の大天才のスキルに近い、というのは余りに持ち上げ過ぎでしょうか?


1. She's American

現時点で2016年のベストトラックを選ぶなら僕は迷わずこの曲を。イントロのギターフレーズとシンセのコンビネーションだけで悶絶して鳥肌が立ち、ラストのメロウなホーン・セクションで昇天する。いくら彼らでも「Chocolate」を越える曲は当分生み出せないだろうと思っていたけど、やってくれちゃった。共感とか慰めとかそんな湿っぽい涙じゃなくて、魂が蕩けてしまいそうにクールで美しい音楽に触れて/触れられて涙が溢れてきては、スピードがその涙を拭ってゆく。


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