いまここでどこでもない

I can't give you all that you need ,but I'll give you all I can feel.

Merchandise『After The End』

ここ十年で最もアメリカの文学に影響を与えたバンドはキュアーとR.E.M、そしてスミスだそうだ。その影響力は純文学に限定せず、ヤング・アダルト文学や映画、果てはカルチャー雑誌やティーン雑誌の広告の見出しまでスミスの歌詞が引用されまくっているようだ。それはきっとモリッシーの強烈なアイロニーとか捻れた愛国心とかとはすっかり切り離されて、良く言えばカジュアルに、悪く言えば薄っぺらに消費されているはず。世界の警察気取りのアメリカ人なんかにゃわかんねーよ!なんて毒付いてしまいたくなる。

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文学における影響がこれほど大きいのだから、音楽における浸透については言うまでもないのだろう。今回取り上げるアメリカはフロリダ出身のこのマーチャンダイズのニューアルバムも完全にスミスの影響下にある。いや、もしかしたら表層的に消費されたスミス・サウンドを通過しただけで、本人達はスミスに影響を受けているという自覚すらないのかもしれない。そんな事を思ってしまうぐらい、スミスなんだけどスミスじゃないこの感じ。田中宗一郎「シューゲイズ・ノイズにまみれたマッチョなザ・スミス」と称されたように、スミスのイギリスの空のような鬱積したメランコリアやフェミニンな要素は少ない。

After The End/Merchandise(2014)
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なんだか貶しているようだけれど、彼らの4枚目のアルバム『After The End』は素晴らしい内容だ。間違いなく同じく今年にリリースされたテンプルズやニューハウスのアルバムと並んで、サイケロックの名作として記憶されりだろう。曇り空の代わりにここにあるのは、木漏れ日のような陽性のサイケデリアと、キュアー譲りのいい意味での胡散臭さだ。

1.Corridor

廊下を意味するオープニングトラック。穏やかな陽射しのようなギターと嫋やかなサイケデリア。鍵盤とシンセサウンドも眠気を誘う。プリミティブな太鼓の音以外はすべてが微睡んでいる。アルバムの基本的なトーンはこのトラックを聴けばいちばん手っ取り早いかもしれない。

2.Enemy

しかし、その微睡みはこの曲の軽快なギターリフによって目を覚まさせられる。まんまモリッシーなボーカルに笑ってしまうかもしれない。弾むリズムとキラキラしたサウンドはまるで春の陽気のよう。

3.True Monument

少しテンポを落として波打つようなギターからスタートする。特にピークタイムを持たずに、終始心地よく麗らかに進んでゆく。終わりに近づくにつれ、音がローファイになり、顔を覗かせたシューゲイズサウンドに導かれ最初の名曲M4へと進む。

4.Green Lady

PitchforkのBest New Trackにも選ばれた、アルバム屈指のポップさを持った名曲。いきなりエレクトロなイントロから、煌びやかなシンセ&シューゲイズサウンドに突入。そのスケール感の大きさはU2に近いものがあるかもしれない。ギターノイズに塗り潰される後半がスリリング。

5.Life Outside The Mirror

個人的なベストトラックのひとつ。バックで鳴り続けるオルガンとリヴァーブを効かせたドラムが厳かなのに、どうにも醸し出される胡散臭さ。中盤から挿入されるアコースティックギターの響きがこの曲の美しさを増大させる。

6.Telephone

前曲とはうって変わり、渋めのアンサンブルから始まるポップチューン。サイケ要素はかなり抑えめ。取り立てて派手さはないが飽きのこない素晴らしいメロディ。華を添えるコーラスもいい。

7.Little Killer

引き続きサイケ要素控えめの疾走感溢れるナンバー。かなりロッキンで、ある意味今作の彼ららしくないというか。でも浮遊感を感じさせるギターワークは本当にかっこいい。キャッチーさならピカイチかも。

8.Looking Glass Waltz

しかしやはり、彼らの魅力はこの曲にたゆたっている陽性のサイケデリアでしょう!ばっちり。これもベストトラック。ワルツのリズムに誘われて、ちょっとぶっ飛んだハイキングへ。ここにきて冒頭の眠気を誘う幽玄さが戻ってくる。

9.After The End

タイトルトラック。ハイキングに出かけてハイになっていたら、気が付いたらあたりは真っ暗闇。森の中。迷子。そんな不安を煽る、7分に及ぶ長尺でダークな名曲。キュアーの影響大。夜に溶けてゆき、そのまま眠りにつくこのアルバムのクライマックス。

10.Exile and Ego

そして再び、世界は朝を迎えて穏やかな光が差し込んでくる。早朝の空気をパッケージしたような清々しい空気と心地よい微睡みの中で、アルバムの幕は閉じる。


かなりざっくりとアルバムをレビューしたが、この作品の真の魅力はその奇妙な余韻にある。普段と変わらない朝のはずなのに、夢のせいかいつもとは少し違ってみえる朝はないだろうか?アルバムを聴き終えた瞬間に、そんな朝の感覚に似た違和感を覚えた。

もしかしたら、このアルバムは夢についての作品なのかもしれない。『終わりの後に』とは、夢から覚めた後に続く現実を指しているのだろうか。覚えていない夢はしかし、確実に現実に作用してそのあり方を変えてしまった。少なくとも、目を覚ましたその一瞬は。この作品はそんな些細な、しかし強力なサイケデリアが封じ込められた傑作だ。