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いまここでどこでもない

I can't give you all that you need ,but I'll give you all I can feel.

Grouper『Ruins』

レビュー

Grouperの最新作『Ruins』がリリースされた。

Ruins/Grouper 2014
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まずはざっと彼女の歩みを振り返りたい。GrouperことLiz Harrisは1981年に米ポートランドで産まれた。2005年からインディペンデントに何枚かのCD-R作品をリリースし、2008年の『Dragging a Dead Deer Up a Hill』からレーベルに所属している。彼女の音楽はアンビエントともドリームポップともフォークとも呼べる。それらどれでもあり、どれでもない。最小限の電子音とピアノやギター、そこに囁きにも近い歌声が乗るという手法は今作『Ruins』でも踏襲されている。彼女を女性シンガーソングライターとしてみれば、例えば青葉市子やMay.eなどに通じる繊細な筆致を感じ取れるだろう。同時にその電子音の使い方には所謂エクスペリメンタル・ミュージックの影響も大きい。僕は彼女の姿に、同じくアメリカのフィーメル・アーティストPharmakon a.k.a Margaret Chardietの姿を思い起こす。

耳を劈くひび割れたノイズと脳の血管が切れそうな絶叫という音楽性はGrouperとは対岸に位置するものだ。Grouperのモノトーンで幻想的なアートワークに対し、Pharmakonの露悪的とも取れる強烈なアートワークは常に肉体をテーマとしている。2013年作『Abandon』では生身とウジ虫、最新作『Bestial Burden』では内臓と、彼女の身体への異常なまでの拘泥は明らかだ。

思うに、GrouperもPharmakonも創作へと向かわせる動機として共に「痛み」がその源となっているのではないだろうか。社会的であれパーソナルなものであれ、あまりにセンシティブな彼女らの感性はその痛みからの逃避/治療として全く異なるふたつの道を選んだ。Pharmakonは肉体的な痛みへと還元し、その反射としてのプライマル・スクリームによりヒーリングを試みた。そしてGrouperは精神的な痛みとして引き受け、自閉しアムニージア(記憶喪失)することによって癒そうとした。そんな痛々しくも切実なエスケーピズムが彼女たちの音楽には通底しているように僕は感じる。

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さて最新作『Ruins』へと話を進めよう。前述のようにその音楽性に大きな変化はない。しかし小さいながら決定的な変化がある。雨音や蛙の鳴き声といったフィールドレコーディングの導入と、歌詞がはっきりと意味を帯びた点だ。このアルバムは最初と最後にボーカルレスのドローントラックが配置されており、それぞれのタイトルは「金属で作られた(ドローン)」と「空気で作られた(ドローン)」となっている。フィールドレコーディング、つまりは外部の導入と「金属から空気」という変移にある萌芽を見出すことは容易い。このアルバムはほんの少しだけ外の世界へと歩み出す、とまではいかなくとも小窓から外を眺めるくらいには世界とコネクトを図っている。冒頭の金属のような緊張感と歪のサウンドスケープから、母親の家で製作したという穏やかで美しいクロージングトラックへ。そのステップは回復とも呼べるし、ある種のリハビリとも取れるかもしれない。思わずHow To Dress Wellの姿をだぶらせてしまう。

アルバムの白眉は8分にも及ぶ「Holding」だろう。ミニマルなピアノのループと衣擦れのような小さな小さな歌声。その途方もない美しさに耳をすましてみれば、驚きのあまり思わず小さな悲鳴をあげてしまいそうになるこんな言葉が聴こえてくる。

I hear you calling and I wanna go
Run straight into the valleys of your arms


あなたが呼ぶのが聞こえる
私は行きたいの
あなたの腕の中に飛び込みたいの



言うまでもなく「あなた」とは「世界」とも言い換えが可能だろう。このアルバムはまるで心地よい夢が眩しい朝日に遮られるように、自閉した精神が世界の美しさに惑わされて思わず外に飛び出してしまいそうになる瞬間を捕らえている。緩やかに恐怖がほどかれてゆくその様子は『滅亡』と名付けられた。夢の終わり。健忘からの回復。自閉した世界の甘やかな破滅。