いまここでどこでもない

I can't give you all that you need ,but I'll give you all I can feel.

BEST ALBUMs of 2014 (10→1)

ようやく完成しました。2014年のパーソナルベスト、最後の10枚です。楽しんでもらえたら幸いです。どうぞ!


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10.Black Metal/Dean Blunt
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「ウェルメイド」って言葉がネガティブな意味で使われるようになったのはいつからだっけ?作品として統一感があって、おあつらえ向きのピークポイントがあって、見事なクロージングが用意されている作品。そんな作品はクソだ、なんて言うつもりはないけれど、ちょっと疲れたり冷めてしまうのも事実。小沢健二が『犬』のセルフライナーノーツに書いていたこんな言葉。

芸術について僕が思うのは、それはスーパーマーケットで買い物をするようにアレとコレを買ったからカゴの中はこうなるというものではなくて、アレもコレも買ったけど結局は向こうから走ってきた無限大がフュッと忍びこんで決定的な魔法をかけて住みついてしまったどうしましょう、というようなものではな いかということだ。

きっと「ウェルメイド」な作品には隙がないのね。カゴの中がきっちりと敷き詰められていて、無限大がフュッと忍び込む隙間がない。リスナーの想像力を掻き立てるカオスも謎もなく、すべてが想定された安心な文脈の中で感動という名の元で消費される。「分からない」という興奮をリプレゼントする「ポップ」という概念とは対極にある。なんて言い過ぎだけれども、タナソーがジュリアン・カサブランカスの原稿で怒っていたのはそういう事だった。そして僕にとって『ティラニー』以上に「ポップ」な作品がこの『ブラック・メタル』だった。

ハイプ・ウィリアムズの存在を初めて知ったのはその名前がカニエの「All of The Light」のPVの冒頭でデカデカと掲げられた時だったと思う。ハイプ・ウィリアムズの片割れ、ディーン・ブラントのこの『ブラック・メタル』は、そのタイトル通り彼なりにメタルを突き詰めたストイックな作品、ではなく、極めてストレンジで人を食ったアルバムだ。まず歌が下手だ。下手くそなのか確信犯か知らないが、とにかく下手だ。序盤のフリーフォーク風のトラックはメロディラインはとても美しいのにその歌唱力のせいでなんとも歪な仕上がりになっている。ふーん今回はこんな感じなのね、って感じ構えているといきなり13分近いアブストラクト・ヒップホップな「Forever」に突入する。呆然としていると9分近いひどくかっこいい「X」にぶっ飛ばされ、すごい!これはすごいぞ!と興奮していると短尺なトラックがいくつか続いてアルバムはあっけなく幕を閉じる。なんなんだろうこのアルバムは。てか、なんなんだろうコイツは。本業(?)の映像作品の完成度からして、きっとこのアルバムをもっと統一感のある「名盤」にすることなんて容易かったはずだ。でもそうはしなかった。なんでだ。めんどくさかったからか。いや、きっと彼はポップの可能性を信じていた、のか?うーん。まあ理由なんてどうでもいい。大切なのは結果だ。いまここで鳴っている音だ。結果このアルバムには無限大が滑り込んで決定的な魔法をかけ、ずば抜けてポップな奇妙な果実が実りましたとさ。お見事。

「X」


9.ゆめ/Lamp
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サニーデイ・サービスの『東京』とフリッパーズのファーストを1枚にしたようなセカンドアルバム『恋人へ』。例えば「こぼれるなみだ」に充満する甘酸っぱいアトモスフィア、瑞々しさに僕は一瞬で恋に落ちた。このアルバム以降、彼らは「青春パンク」という言葉と同様に多くは揶揄として使われた「喫茶ロック」というジャンルに回収されることに抗うかのように、貪欲にAORやミナス系ブラジリアンミュージックのエッセンスを吸収してゆく。しかしその音楽的進歩と引き換えに徐々に彼らの音楽は、少なくとも僕には、浮世離れしてリアリティを失ってゆくように感じられた。同時期にデビューし、求道的に自らのスタイルを追求するが故に袋小路に嵌ってしまったママレイド・ラグと同様、その孤高かつストイックな姿勢が作品の風通しを悪くしているように思えた。いつしか僕は彼らのアルバムを買わなくなり、このアルバムを手にするまでその存在をすっかり忘れていた。今作『ゆめ』において、Lampのその孤高な音楽性は健在どころか更に研ぎ澄まされている。一聴しただけでは把握しきれないミナス譲りの複雑な曲構造。北園みなみによる狂気スレスレの天才的なストリングスと完璧なコーラスワークが織りなすその芳醇なサウンドスケープは圧倒的という言葉が似つかわしい。突き詰める所まで突き詰めたのなら、壁をブチ抜いて風も通るという事実に痺れた。ミュージシャンシップと信念の勝利。超絶大傑作。

「さち子」


8.Monochrome/KOHH
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「KOHH」で検索するかなり上の方に出てくるおかげなのか、このブログでいちばん読まれている記事はこの『Monochrome』のレビューだったりする。どうか、あなたがこのアルバムのようにリアルでありますように。そして優しくありますように。

「貧乏なんて気にしない」


7.Arranged Waves/Stephen Steinbrink
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オリンピアを拠点に活動する88年生まれの男性SSW、スティーヴン・スタインブリンク、その初のフィジカル・リリースとなる今作。ジェントルなアメリカーナを基調とした繊細なソングライティングにエリオット・スミスを思い出す人も多いだろう。アルバムに通底するドリーミーな浮遊感とメランコリアユートピアが崩壊してゆく様を描いたブローティガン『西瓜糖の日々』における穏やかな絶望と同種だ。アメリカン・ドリームに敗れた落伍者を描くことによりアメリカという国の病巣を炙り出したブローティガンの様に、スタインブリンクは市井の人々の誇り高き憂鬱と悲しみを描くことにより静かに警鐘を鳴らす。セレブリティなカニエ・ウェストとは全く違う方法論で為された、アメリカ合衆国についての静かな告発。

「Animate Dust」


6.Xen/Arca
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驚いた。こんなにも記銘性の強いアルバムになるとは思わなかった。Arcaことアレシャンドロ・ゲルシによる自身のアイデンティティセクシャリティーの赤裸々なセルフ・ポートレイト。幾つかのトラックでフィーチャーされているピアノも坂本龍一作品のようで印象的だ。もちろん「&&&&&」に比べたら、頭をぶち抜かれるような衝撃には欠けていたかもしれない。しかし『Xen』には美しいメロディーとSSW的な親密さがある。そしてエイフェックス・ツインがかつて持ち、『Syro』では失ってしまったものをArcaは同時に持ち合わせている。オーディオで聴いて音の官能的な相位にゾクゾクするもよし、小さな音で流して眠るもよし、ベッドルームで膝を抱えながら涙するもよし。革新的かつ普遍的な凄い作品だと思う。

「Now You Know」


5.恋する団地/ayU tokiO
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ミツメ『ささやき』のジャケットにおける悪夢のような「団地」にayU tokiOは「恋する」という魔法をかけた。このEPのジャケットの左下に写る退屈な「団地」から出発し、逞しい想像力と抜群のポップセンスを軽やかに駆使して「恋する団地」へと飛躍するその姿は感動的なほど眩しく煌めいている。タイトルトラックでたった一度しか歌われない「21世紀の世界はこんなにも素敵さ」というパンチラインのも素敵さもさる事ながら、僕がいちばん心惹かれたのは「もし君のハートを揺らす何かが/この四角い街の外にしかないと知っているのなら」というリリックだ。僕らがポップミュージックを聴く理由って、そういう事。その他の曲で歌われているテーマも「情報社会」や「風評被害」といったコンテンポラリーな切り口ながら、決して説教くさかったり堅苦しくなることのないストーリー・テリングの才能にもただただ脱帽。電波塔に祈りを託す「air check」がフェイバリット・トラックとして頭一つ抜きん出て好みだが、収録された5曲全てがプログレッシブでチェンバーな超弩級の名曲と呼んで何ら差し支えない。

「恋する団地」


4.Lese Majesty/Shabazz Palaces
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個人的な2014年の最大の収穫はこのシャバズ・パラセズというヒップホップ・グループを知れたことだ。もし2011年にリリースされた前作『Black Up』を聴いていなかったら、このリストの1位の座にはこのアルバムが載っていたかもしれない。アフロ・フューチャリスティックな音楽性や意外(?)とポリティカルなリリックなどなど彼らについて語ることはたくさんあるのだろうが、僕にとっては今年最高に快楽的な音が詰まった作品であったということが何よりも重要だ。低音弱めのアンビエント/ドローン調のトラックに土着的/呪術的なビートと呟きに近い前後不覚なラップ。大麻でキマってるのって、もしかしてこんな感じ?とかアホな事を考えてしまう。なんか宇宙とか真理に近づいたような底なしの陶酔感。ああそうか、DOPEってこういう感覚なわけね。やっと僕にも分かったよ。

「Forerunner Foray」


3.THE PIER/くるり
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不毛な自意識との終わりなき格闘からいち早く離脱し「出会いと別れ」という人間のライフにおける不断の運動のことだけを現在のくるりは歌っている。 レイハラカミに捧げられた最終曲に顕著なように、今作ではハローとグッバイがどこか超越的な視座から描かれているように感じさせる。時には青空のように、時には大雨のように、時には台風のように、時には洪水のように。『TEAM ROCK』のラストを飾った「リバー」から14年。幾度ものメンバーチェンジを経てくるりというバンドが辿り着いたのは海に架かる桟橋。かつて彼らの目に映るのは川だった。いま彼らの前に広がるのは果てなく広い海だ。すべてを飲み込んでゆく圧倒的で、そして慈しみ深い海だ。

「Liverty&Gravity」


2.Black Messiah/D'angelo&The Vanguard
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14年ぶりにまさかまさかの新作をゲリラ的に発表した我らがDさん。ドラッグの甘い匂いがプンプンした『Voodoo』に比べると随分と更生したというか、なんか素面なDさんってこんな感じなんだ、意外とスウィートなのねって変にドキドキしてしまう。ああ、きっとこれは恋だ。だから分析なんてとてもできない。恋をしちゃったからもう100回は聴いた。電車の中で、車の中で、夜の海で、賑やかなクラブで、ベッドルームで、牛丼屋で、ラーメン屋の行列で、お風呂で、それはそれはこのアルバムをよく聴いている。12月に発売されたにも関わらず再生回数はダントツだ。とにかく聴きやすい。聴きやすいからって油断してスピーカーから爆音で流していると、ふいに涙腺が決壊して鳥肌が止まらなくなるようなとんでもない瞬間が訪れる。それは僕の恋心のせいだろうか?

「Betray My Heart」


1.Benji/Sun Kil Moon
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極めて私的な表現が思いがけず普遍性を獲得するに至るという現象が、ポップミュージックの世界では稀に発生する。僕が真っ先に思い出すのはデビュー当時の中村一義だ。彼が「状況が裂いた部屋」に引きこもって書いたプライベートなワルツ「ここにいる」は世代のアンセムとなり、彼のファーストアルバム『金字塔』はしぶとく生き残っていた渋谷系メンタリティに対するカウンターとして機能した。初期の七尾旅人、特にセカンドアルバム『ヘヴンリィ・パンク:アダージョ』についても同じことがいえるかもしれない。そして両者に共通するのはそのような現象がみられたのは、キャリア初期の一時期のみだったということだ。良くも悪くもプロフェッショナリズムは「思いがけず」という事故的な可能性を削いでしまう。ではベテランミュージシャンが(恐らくは)確信犯的に私的な表現を突き詰めたのなら、その表現に普遍性が宿ることはあるのだろうか?答えはイエスだ。少なくともマーク・コズレックは成功した。

サン・キル・ムーンことマーク・コズレック。1989年にレッド・ハウス・ペインターズのフロントマンとしてデビュー。現在47歳。初老と呼ばれる年齢に差し掛かっている。今作『Benji』はサン・キル・ムーン名義として6枚目のアルバムだ。いくつかトラックはバンドサウンドだが、基本的にはコズレックのギターによる弾き語りというシンプルなスタイルだ。残念ながら日本盤がリリースされていないためオフィシャルな対訳は存在しないが、個人によるほぼ完璧な和訳があるので歌詞を追いながら音に耳を傾けてほしい。絶賛されている歌詞はもちろんのこと、音も本当に素晴らしい。とにかくギターの多彩な表情に心奪われる。特に「I Watched the Film ”The Song Remains the Same”」における幻想的なサウンドはまるで白昼夢のようだ。「Richard Ramirez Died Today of Natural Causes」ではヒップホップ的な意匠も感じられ、その器用さに舌を巻く。ホーンをフィーチャーした最終曲「Ben's My Friend」はサマーブリージングなAORに仕上がっている。

『Benji』は「死」または「老い」についてのアルバムだ。かといって哲学的な作品かといえばそうでもない。先に述べたように『Benji』は極めてプライベートなエッセイ集だ。仕事中にスプレー缶が破裂して死んだ姪についてのM1。年老いた母親の愛情を懇願するM2。同じくスプレー缶の事故で死んだ叔父の死についてのM3。性体験を初体験から赤裸々に暴露するM4。シリアルキラーに殺された人々についてのM5。父親の友人であり気が狂って妻を殺害した男についてのM6。父親との関係が変化しつつあることを歌ったM7。かつて自分を音楽の世界に引き込んだレッド・ツェッペリンの『永遠の詩』を観てメランコリーに耽るM8。殺人鬼リチャード・ラミレスが刑務所で自然死したニュースを受けてのM9。お金騙し取られた盲目の少女/闘病の末に亡くなった友人/再婚して幸せに死んだ祖母についてのM10。大スター(ポスタル・サーヴィス/デス・キャブ・フォー・キューティのフロントマン)になった友達のライブで老いを実感し、このアルバム制作に取りかかるドキュメンタリータッチなM11。見事に「死」と「老い」についてばかり歌っている。ぼやき芸に近いコミカルなリリックも多々あり、決して重苦しいだけの作品ではない。寧ろクロージングトラックの夏の青空を想起させる余韻、それこそがこのアルバムの本質だと僕は感じた。

そう要は『Benji』は中年男による「ぼくのなつやすみ」だ。情けなくて、辛いことばっかりで、体も心もあちこち痛くて、目の前の死や老いに戸惑い、戸惑いもなくセンチメンタルになってしまう人間の夏の思い出だ。Pitchforkは今作のレビューにて「この作品の残酷さ、歩みの進め方、テーマ、そして構造は、明らかにポップ・ミュージックよりも映画や文学に近い」「本作はコズレックが生み出してきた中で最も憂鬱「ではない」レコードであり、人生を強く肯定するレコードである」と評した。

アルバムタイトルとなった『Benji』はコズレックが幼少時代にみた映画の名前だそうだ。アートは、音楽は人を救うのだろうか?音楽を愛し、音楽に愛されたコズレックは、しかし相変わらず死に怯えて、メランコリアに苦しまされている。どんな素晴らしい音楽も、文学も、映画も人を救いやしない。ただ、それらは僕たちを殺すことは決してない。「僕は祈る人間じゃない/ただ僕は歌ってギターを弾く/女性のため/子供たちのため/ママのため/パパのため/兄弟姉妹のため/叔父のため/叔母のため」とコズレックは歌う。音楽を信じて、音楽に裏切られても、決して音楽を手放さなかった男による独白は、その無力さに気付いているが故に次なる受難へと僕らの背中を優しく押す。夏の青空を見上げて心が晴れるように、アートはほんの少しだけ世界を彩ることしかできない。でももし、それすらこの世界になかったら?考えるだけでもゾッとするじゃないか。


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