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いまここでどこでもない

I can't give you all that you need ,but I'll give you all I can feel.

Best 50 Albums of 2016

album of the year

2016年はまだ1ヶ月も残っているのに、少々フライング気味ですがベストアルバム50枚を。愛聴したはずなのに漏れてしまったアルバムが何枚もある気がします。ざっと思いつくのは、大森靖子「Tokyo Black Hole」とか、マックスウェル「black SUMMERS' night」とか。あ、岡村ちゃんジェームス・ブレイクも入ってない!つまりそれぐらい2016年のミュージックライフは充実していたのです、僕にとって。そして多分きっと、世界中のポップ音楽愛好家にとって。


こうやって50枚のジャケットを並べるだけで、もう壮観ですね。ああ、幸せ。基本的に海外の作品はエクスペリメンタルで圧倒的なものに、日本の作品は生活にかけがえのないものに、それぞれウェイトが置かれたチョイスになりました。リピート最多はなつやすみバンドかしら。再発盤はディランやビル・エヴァンスを、旧譜だとキリンジとR.E.Mを特によく聴きました。甘茶ソウルのディグも数年振りに再開し、極上のディスコナンバーのこちらは何百回もリピートした超掘り出し物!ベストパフォーマンスはネット配信で観たコーチェラのLCDサウンドシステム。熊本の地震の直後ということもあり号泣してしまいました。ボウイ「Heroes」のカバーとか、ちょっと反則。笑えない世界情勢を鑑みるに、ポップミュージックもどんどん政治の季節に突入してゆくのは間違いなくて、未来に振り返られた時に2016年は最後の長閑な時代として語られるのかもしれません。祈り。ゴスペル。神様。そんなキーワードに貫かれた作品が多くを占めたリストになっています。楽しんでもらえたら幸いです。どうぞ!



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The 1975『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』

レビュー

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デビューアルバム『The 1975』はモノトーンな美意識が、少なくともビジュアルイメージに関しては、貫かれていたが、最新作においてカラフルな装いに転向しても彼らの最大の魅力は少しも損なわれていない。甘さ。チョコレート、それもブラックではなくホワイト・チョコレートの胸焼けするような甘さ。麻薬捜査官からの逃走劇といった時代錯誤的なモチーフを多用した前作から一変し、彼らが今作で描いたのはとても親密な愛のかたち。アルバムを締めくくる「She Lays Down」の歌詞を訳してみよう。ここでマシュー・ヒーリーは重度の産後うつ病に罹患した自身の母親について歌っている。

And she lays down on her bedroom floor
The chemicals that make her love
Don't seem to be working anymore



そして彼女はベッドに伏せてる
彼女の愛を生産していた抗鬱薬もこれ以上効かないようだ



She tries her best, but it hurts her chest
And even though her sun is gone
She'd like to love her child nevertheless



彼女はベストを尽くして身体を壊してしまった
薬が切れても彼女は自分の息子を喜んで愛する



My hair is brown, she's scared to touch
And she just wants to feel something
And I don't think that's asking for too much
And when I go to sleep it's when she begins to weep



僕の髪の毛は茶色で彼女は触るのを嫌がる
彼女は愛を求めたが
僕はそれが求めすぎだとは思わない
僕が眠りにつくと彼女は泣き出す



She's appalled by not loving me at all
She wears a frown and dressing gown
When she lays down



僕を愛していないことに彼女はひどく驚く
ベッドに伏せた彼女はガウンを羽織り険しい顔をしている



Well we got a plane, going to see my dad again
She prayed that we fell from the sky
Simply to alleviate the pain
Over the water, hmm
Over terrain
The engines all go bust, we turned to dust
And I've no reason to complain, yeah
And in the end, she chose cocaine
But it couldn't fix her brain



そうだ、飛行機に乗ってパパに会いにいこう
彼女は飛行機が墜落するように祈る
単純に苦しみから逃れるために
水の上に、大地の上に
エンジンが爆破して僕らは塵になる
文句はないよ
そして彼女はコカインに手を出した
それがママの脳を治すことはなかった



She's appalled oh she doesn't love me at all
She wears a frown and dressing gown
When she lays down



僕を愛していないことに彼女はひどく驚く
ベッドに伏せた彼女はガウンを羽織り険しい顔をしている



That was it



そんなお話し


バンドがこういったモードだからこそ、彼らがジャスティン・ビーバー「Sorry」をカバーしたのはとても自然な流れのように思う。ジャジーなアレンジが本当に最高。



しかし、やっぱり外人はすげーな。思わずそんな差別的な発言をしてしまいたくなるほど、The 1975のセカンドアルバムは僕たち日本人には特に眩しく映るんじゃないだろうか。『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』なんて英語ではとてもロマンチックなアルバムタイトルも『君が寝てる姿が好きなんだ。なぜなら君はとても美しいのにそれに全く気がついていないから。』と訳されてしまうと何かもう全然違う。セカオザがアメトーークでドン引かれるパターンのやつだ。つまり英語→日本語と翻訳される段階で失われてしまうもの/若しくは翻訳不可能なものがこのアルバムにあるように思う。だって、ねえ?佐野元春ぐらいでしょ、日本人のミュージシャンでこんな言葉を笑わずに真剣に歌えるのは。でもこの国ではそんな純情も「天然」なんて言葉で汚されてしまう。(ただ、海外のフォーラムでも「タイトル、ダサくね?」という意見が死ぬほど多数あったことは追記しておく。)


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小難しいこと抜きに僕はこのアルバムがとにかく好きだ。音も歌詞もアートワークも全部まるっと愛している。相変わらず無駄に18曲も1枚に入れてくれて飽きないしリピートしまくっている。僕は台湾の空港でこの文章を書きながらアルバムを聴いているのだけど、まるで自分が映画の主人公のような気分でいる。音楽でこんなにナルシスティックな気分を味わうのは久しぶりだ。U2がライブを行うスタジアムの中央に設置された小さなハート型のステージ。ボノはオーディエンスからたったひとりの女性をそこへ引っ張り上げ、彼女の為だけに愛のうたを歌ってみせる。『I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It』の楽曲は巨大なスタジアムで何千何万もの観衆に向けて鳴らされるべきものである。そして同時に、それらはとてもプライベートな響きをしている。僕と音楽だけがここにあって、でもここは仄暗いベッドルームじゃない。僕は今、世界の中心で音楽を聴いている。摩天楼の屋上から、スタジアムの中央から、眩い無数のスポットライトの中から。そこからでも君がよく見える。君の美しい寝顔が。



 My Favorite 5 Tracks of Album 



5. UGH!

先行シングル第1弾「Love Me」に比べるとファンク色は薄まったけれど丁度いい塩梅だと思う。岡村ちゃんの『幸福』を聴いてそのファンクなグルーヴに改めてぶっ飛ばされたが、The 1975のファンクネスも決して負けてはいない。線は細いけれど、その分しなやかでセクシーだ。加えてマシュー・ヒーリーというボーカリストの歌唱のかっこよさはやはり特筆すべきものだ。フェミニンで切なくて、そういうところも含めて僕は彼が岡村靖幸と重なってみえる瞬間がある。マシューは青春にオブセッションなんて抱えていないだろうけれども。


4. I Like It When You Sleep, for You Are So Beautiful Yet So Unaware of It

(ほぼ)インストで6分超えの長尺なタイトルトラック。アルバム随一の穏やかなフィーリングはまるでピロートークのよう。MorrKaraoke Kalk、日本ならnoblescholeといったレーベル発の良質で感傷的なエレクトロニカを愛聴しているリスナーなら一発で好きになっちゃうんじゃないかな。同じくインストナンバーの「Please Be Naked」もそうだけど、電子音の使い方が所謂バンドのそれじゃない。このパーソナルな質感をColdplayはちょっとは勉強しなさい。


3. Lostmyhead

誰もが「微妙…」としか言えなかったM83の新曲で感じたフラストレーションを何かで解消したいなら、コレ。コズミックなイントロから始まり、フィードバックノイズが炸裂するドラマチックな中盤〜終盤。壮大すぎてアルバム内では若干浮いてる気がしなくもないが、宇宙スケールのラブソングだって彼らは描いてみせる。さすがに誰かの寝顔までは小さすぎて見えないけど。この曲の抜群の存在感のおかげでラスト2曲のシンプルな美しさが高まっているような、お見事。


2. This Must Be My Dream

間奏のKenny Gみたいな甘ったるいホーンが好きすぎて何十回とリピートしている。「これは夢に違いない」というコーラス部分が本当に不思議な響きをしている。先に書いた事の繰り返しになるが、空間的なスケールの大きさに反し、まるでたった1人に向けて歌われているような騙し絵に近い感覚。それは世界規模のラブソングを歌いながら1対1の親密なコミュニケーションを錯覚させたマイケル・ジャクソンというポップ・ミュージック史上の大天才のスキルに近い、というのは余りに持ち上げ過ぎでしょうか?


1. She's American

現時点で2016年のベストトラックを選ぶなら僕は迷わずこの曲を。イントロのギターフレーズとシンセのコンビネーションだけで悶絶して鳥肌が立ち、ラストのメロウなホーン・セクションで昇天する。いくら彼らでも「Chocolate」を越える曲は当分生み出せないだろうと思っていたけど、やってくれちゃった。共感とか慰めとかそんな湿っぽい涙じゃなくて、魂が蕩けてしまいそうにクールで美しい音楽に触れて/触れられて涙が溢れてきては、スピードがその涙を拭ってゆく。


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Kanye West『The Life of Pablo』

レビュー

一体何故、こんなことになってしまったのだろう。オフィシャル・サイトで公開されたクレジットに記載されている参加ゲストの面子の豪華さにクラクラしながらこの作品を聴いていると、カニエ・ウェストというミュージシャンのエゴは本当に本当に本当に厄介なものだと変な笑いと同時に畏怖の念すら覚える。(つい先日、とうとう本人が「俺のいちばんの敵は俺のエゴだ」と認めてしまった。)多分きっと、やろうと思えば『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』のような豪華絢爛な一大ポップ絵巻に仕上げることも不可能ではなかったはずだが、しかし、彼は「完成」も「完璧」も放棄した。TIDALに弾かれることもなく幸運にも作品を手に入れ10周ほど聴いてみても今だに全貌が把握できないし、そもそも全体像が存在するのかも定かではない。しかしながら僕はこの1週間『The Life of Pablo』という作品に完全に「取り憑かれて」しまっていた。


以下に拙訳したPitchforkのTLOP評は、日本語でのレビューが出揃いようがない今の状況で謎めいたこの作品の見通しをとても良くしてくれる優れた文章には違いないが、個人的には同意しかねる点があったのも事実だ。TLOPは亡霊のアルバムだと僕は思う。今年のグラミー賞でのケンドリック・ラマーの感動的なステージを観ながら、僕は涙が止まらなかった。ひとつは勿論その素晴らしいパフォーマンスに、そしてもうひとつはその強すぎる光のせいで更に深まるカニエ・ウェストの暗がりに。チアフルなフィーリングを司るのは初期カニエが転生したかのようなチャンス・ザ・ラッパーの存在のみで、その他アルバム中の大半の要素は陰惨で沈み込んでゆくようだ。加工されたボーカルは死者の声のように聴こえるし、「Wolves」におけるフランク・オーシャンの背筋が凍る程に儚い佇まいはこの作品を象徴しているように思う。パブロが誰を指すのかについて、僕は最早あまり関心がない。それが誰であろうと、その人はきっととても孤独で厄介で悲しい人なのだろう。単にトップランナーの悲哀を反映しただけの作品ならばゴミだと切り捨てられるのだけど、TLOPにおける切断の力はケンドリックの連帯の呼び掛けに勝るとも劣らない強烈なものだ。カニエ・ウェストはリスナーに強く孤独を要請している。そして、その上で愛に目覚めよとも。まるで幽霊のように。


(現時点でTIDALに登録する以外にはリーガルな方法でカニエ・ウェストの最新作『The Life of Pablo』に手にする事は叶わない。しかもどうやら日本はTIDALだとリージョン・エラーが生じる人が多数のようで、つまりこの国で確実に聴くには──ジャーゴンでお茶を濁すが、「うまくやる」しかない。)


[追記] Apple Musicで解禁されました!やったね。


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Pablo Picasso and Kanye West share many qualities—impatience with formal schooling, insatiable and complicated sexual appetites, a vampiric fascination with beautiful women as muses—but Pablo Picasso was never called an asshole. Kanye, specifically, toasted them. The Life of Pablo's namesake is a provocation, a mystery, a sly acknowledgement of multitudes: Drug lord Pablo Escobar is a permanent fixture of rap culture, but the mystery of "which one?" set Twitter theorists down fascinating rabbit holes, drawing up convincing stand-ins for Kanye's Blue Period (808s & Heartbreak), his Rose Period (My Beautiful Dark Twisted Fantasy), and his Crystal Period (Yeezus). If Kanye is comparable to Picasso, The Life of Pablo is the moment, after a turbulent life leaving many artistic revolutions and mistreated women in his wake, that the artist finally settles down. In this formulation, Kim Kardashian is Jacqueline Roque, Picasso's final muse and the woman to whom he remained faithful (she even kinda looks like a Kardashian), and the record is the sound of a celebrated megalomaniac settling for his place in history.


パブロ・ピカソカニエ・ウェストは多くの資質を共有している。正規の学校教育への不適応、貪欲かつ捻れた性的欲求、女神のように美しい女性に吸血鬼のように魅了されてしまう様、──だけどピカソは決してasshole扱いされはしない。それでカニエはというと、連中に乾杯なんてする。『The Life of Pablo』という扇動的で謎めいたタイトルは人々の好奇心をくすぐるものだ。ドラッグの帝王、パブロ・エスコバール。このパブロもラップ・カルチャーでは永遠の定番だが、アートワークの「どの(パブロ)?」という言葉がtwitterの理論家達を焚きつけた。中にはピカソとカニエの芸術家としての歩みを重ね合わせ、カニエの『808s & Heartbreak』『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』『Yeezus』がそれぞれピカソの「青の時代」「バラ色の時代」「キュビスムの時代」の作品に当たるなんて、いかにもらしい説得力のある意見もみられた。カニエをピカソに擬えるならば『The Life of Pablo』はピカソの晩年、多くの芸術的な革命を成し遂げた闘争と癇癪で女性を虐げていた時代を終えた時代の、つまりは芸術家が最終的に落ち着く境地から届けられた作品だ。この見立てに則るならキム・カーダシアンはピカソの最後の女神であり信仰の対象となったジャクリーヌ・ロック(しかも、キムに似ている)といえるし、このレコードは偉大なる誇大妄想の産物として歴史に刻まれるだろう。

The Life of Pablo is, accordingly, the first Kanye West album that's just an album: No major statements, no reinventions, no zeitgeist wheelie-popping. It's probably his first full-length that won't activate a new sleeper cell of 17-year-old would-be rappers and artists. He's changed the genre's DNA with every album, to the point where each has inspired a generation of direct offspring, and now everywhere he looks, he sees mirrors. "See, I invented Kanye, it wasn't any Kanyes, and now I look and look around and there's so many Kanyes," he raps wryly on "I Love Kanye." The message seems clear: He's through creating new Kanyes, at least for now. He's content to just stand among them, both those of his own creation and their various devotees.


つまりは、『The Life of Pablo』というアルバムはカニエ・ウェストがリリースする初めての「ただのアルバム」だ。大きなステートメントがあるわけでも、刷新があるわけでも、アクロバティックに時代精神を叫ぶものでもない。17歳の少年/少女が手にしてラッパーや芸術家に目覚めるとは思えないカニエのアルバムはおそらく現時点でこれが唯一だ。カニエは出すアルバム全てでヒップホップというジャンルのDNAを組み替え、多くの人々をインスパイアし数多くのエピゴーネンを生み出し、いつの間にか周りを見渡せばカニエの周りにはカニエばかりになってしまった。まるで鏡に囲まれているかのように。「見ろよ/カニエを招待してやったぜ/俺は他のカニエとは違う/よく見りゃ周りにはカニエばっかりじゃないか」と「I Love Kanye」で皮肉たっぷりに彼はラップする。言いたいことは明確だ。カニエはずっと新しいカニエを創り続けていた、少なくとも今までは。カニエはその中の一つに過ぎない、もちろん彼の作品も、もちろんケンドリック・ラマーさえも。


Kanye's second child Saint was born in early December, and there's something distinctly preoccupied about this whole project—it feels wry, hurried, mostly good-natured, and somewhat sloppy. Like a lot of new parents, Kanye feels laser-focused on big stuff—love, serenity, forgiveness, karma—and a little frazzled on the details. "Ultralight Beam" opens with the sound of a 4-year-old preaching gospel, some organ, and a church choir: "This is a God dream," goes the refrain. But everything about the album's presentation—the churning tracklist, the broken promises to premiere it here or there, the scribbled guest list—feels like Kanye ran across town to deliver a half-wrapped gift to a group birthday party to which he was 10 minutes late.


Thankfully, he's bringing a Kanye album, and Kanye albums make pretty goddamn good gifts. His devotion to the craft of album-making remains his greatest talent. Albums are his legacy, what he knows, deep down, will endure after the circus of attention he maintains around him subsides. His ability to package hundreds of stray threads into a whole that feels not just thrilling, but inevitable—at this, he is better than everyone, and he throws all of his best tricks into The Life of Pablo to remind us. He picks the right guests and gives them idealized settings, making people you don't care about sound fantastic and people you do care about sound immortal. Chance the Rapper, a spiritual heir to backpack-and-a-Benz Kanye if there ever was one, is given the spotlight on the opener "Ultralight Beam," and uses his dazed, happy verse to quote both "Otis" and the bonus track to Late Registration. His joy is palpable, and it's clear he has waited his entire adult life to be featured on a Kanye album. On the other hand, "Fade" pits Future knockoff Post Malone, of all people, against a sample of Chicago house legend Larry Heard's "Mystery of Love" and a flip of Motown blues rock band Rare Earth's "I Know I'm Losing You" and rigs the mix so that Malone, somehow, sounds more important than both of them.


2016年1月の初め、カニエの次男であるセイントが生まれた。次男の誕生は明らかにカニエの心を奪ってしまった。そのことは皮肉にも、性急にも、基本的に微笑ましく、そして幾分おセンチなものとも感じられる。大半の子供ができたばかりの親と同じく、愛や静穏や赦しや原罪といった大きな手にカニエは触れられて、ディテールまでは手が回らなかったのかもしれない。「Ultra Light Beam」は4歳児の歌うゴスペルとオルガンと聖歌隊のコーラスで幕を開け、「これは神の望みだ」というチャントが繰り返される。だが『The Life of Pablo』の、二転三転する収録曲やあちこちで開かれたグダグダのプレミア試聴会や走り書きのゲストリストの本質は、包装も終わっていないプレゼントを届けるために10分遅れのバースディパーティへと急ぐ、そんなカニエの姿だ。嬉しいことにカニエはカニエのアルバムを届けてくれて、しかもそのアルバムは最高のプレゼントときた。彼のアルバム制作技術への自尊心は相変わらず彼の才能の中でも最も偉大な才能だ。彼のアルバムは彼も知るように彼の遺産であり、彼が集める奇異の目線にも耐えて未来に受け継がれてゆくだろう。数百のばらばらの糸を一本に纏めてしまう彼の才能は単にスリリングなだけではなく最早回避不可な才能で、カニエは優れたトラックを『The Life of Pablo』に惜しみなく収録することで私達に王者の存在を改めて思い知らせてくる。彼は適切なゲストをアルバムの適所に招き、リスナーにそのサウンドの素晴らしさに目を眩ませることなくサウンドの不死生/永遠性に注目させることに成功している。チャンス・ザ・ラッパーという存在するとしたら唯一の初期カニエの精神的な後継者に「Ultra Light Beam」ではスポットが当てられ、チャンスの酔っぱらったような楽観的なラップをまるで「Otis」や『Late Registration』のボーナストラックから引用するかのように配置している。チャンスは大喜びで、カニエのアルバムに起用されることを生まれてからずっと待ち望んでいたことが伝わってくる。一方で「Fade」では未来のスーパースター、ポスト・マローンを起用し、シカゴハウスの伝説的存在であるラリー・ハードの「Mystery of Love」モータウンのブルースロックバンドであるレア・アースの「I Know I'm Losing You」をといった大ネタのサンプリングにも埋もれないようにポスト・マローンの存在感を何とか際立たせている。


This moment is also a reminder of Kanye's audacious touch with huge, immediately recognizable pieces of musical history—his best work as a producer has always drawn from iconic songs so venerated most sane people wouldn't dare touch them, from "Gold Digger" to "Blood on the Leaves" and beyond. He doesn't just sample these songs, he climbs in and joyrides them like the Maybach in the "Otis" video. On "Famous," he does it twice, first by matching up Nina Simone's "Do What You Gotta Do" with Rihanna, who sings the song's hook before Nina does, and then with Sister Nancy's "Bam Bam," which gets flipped so it sits atop a chorale-like chord progression. It sounds like a dancehall remix of Pachelbel's Canon, and it's the most joyful two minutes of music on the album.


"Waves," a song that made the tracklist at the last second at Chance the Rapper's insistence, has a similar energy. You can hear why Chance, specifically, might've wanted it back: It is a throwback to the Rainbow Road maximalism of "We Major," and it is so warmly redemptive it even makes Chris Brown, who sings the hook, sound momentarily benevolent. "Waves" is hardly the only last-second change made: The Kendrick Lamar collaboration "No More Parties In L.A." is back on here, as is an inexplicable minute-long voicemail from imprisoned rapper Max B, granting Kanye permission to use his popular slang term "wavy." Such last-second fidgets seem to say something about The Life of Pablo itself. After years of agonizing over how to follow up the conceptually triumphant 808s & Heartbreak, My Beautiful Dark Twisted Fantasy, and Yeezus, he seems to have settled upon eternal flux as a resting place, and the album plays like Kanye might still be remixing it furiously in your headphones while you listen.


ポップミュージックの歴史上に膨大に存在する「誰もが聞いたことがある楽曲」に対する大胆不敵なアプローチ。「Gold Digger」「Blood on the Leaves」やその他の楽曲、プロデューサーとしてのカニエ・ウェストのベスト・ワークはいつだってまともな人間なら恐れ多くて触れられない聖典に手を付けて成し遂げられた。カニエは単に名曲をサンプリングするだけでなく、「Otis」のビデオのようにそれらをゴキゲンに乗りこなしてしまう。彼はそんな蛮行を「Famous」でもやらかしてくれた。ニーナ・シモン「Do What You Gotta Do」リアーナに、しかもニーナより先に歌わせ、シスター・ナンシーの「Bam Bam」を平坦に加工し、まるで聖歌団のコード進行を伴奏させている。「Famous」はまるでパッヘルベルのカノンのダンスホールミックスのようで、このアルバムで最も歓喜に満ちた2分間だ。チャンスの提案で最後の最後にアルバムに収録された「Waves」も同様にポジティブなエネルギーを放っている。一聴すれば何故チャンスがそれほどまでにこの曲に拘泥したか理解できるはずだ。「We Major」の頃のマキシマリストなカニエへと華麗にレインボーロードを描き、フックを歌うクリス・ブラウンが一瞬慈愛に満ちた人物に思えるほどハートウォーミングな仕上がりになっている。「Waves」の復帰はケンドリック・ラマーと共演した「No More Parties in L.A」(獄中のラッパー、マックスBから自身が生み出した”wavy”というタームをカニエが使用することを認めさせたという逸話アリ)もアルバムに引き戻してくれた。土壇場での二転三転は『The Life of Pablo』という作品自体の本質でもある。『808s & Heartbreak』→『My Beautiful Dark Twisted Fantasy』→『Yeezus』という直前の自身が作り上げたコンセプチュアルな大傑作を刷新しようとするここ数年の死闘を経て、彼は穏やかな境地で永劫に安らいでいるようにみえる。『The Life of Pablo』はあなたが耳を傾けている間にもカニエが猛烈な勢いでミキシングしているような、そんな錯覚を引き起こす作品だ。


"Father Stretch My Hands" tosses a sample from Southside Chicago icon, activist, and one-time fraud convict Pastor T.L. Barrett into a gurgling trash compactor alongside some pigeon-cooed backing vocals and an entire undigested verse from another Future knockoff, Brooklyn upstart Desiigner. It's the least-finished-sounding piece of music to ever feature on a Kanye album. This is the logical endpoint to the sort of obsessive perfectionism that led West to make 75 near-identical mix downs of "Stronger," and in the song's lyrics, Kanye admits that the same workaholism that made his father a distant figure in his childhood now keeps him from his family. On "FML," he name-checks the antidepressant Lexapro on record for the second time in a year, and alludes to something that sounds an awful lot like a manic episode. The life of a creative visionary has dark undercurrents ("name me one genius who ain't crazy," Kanye demands on "Feedback") and it's possible that The Life of Pablo title serves as much private warning as boastful declaration.


The album's most humane moments come when he reaches for his family: "I just want to wake up with you in my eyes," he pleads at the end of "Father Stretch My Hands." On "FML," a bleak song about resisting sexual temptation, he sings to Kim, "They don't want to see me love you." "Real Friends" reprises his "Welcome to Heartbreak" role as the unhappy outsider at his own family events, squirming through reunions and posing for pictures "before it's back to business"; it's maybe the saddest he's ever sounded on record.


「Father Stretch My Hands」ではシカゴ西部の象徴的な活動家で、一度はムショ入りも経験したバレット牧師のボーカルを鳩の鳴き声のように加工してバック・ボーカルとしてドバドバと垂れ流し、全体を通してブルックリンの新星ラッパーであるデザイナーの荒削りなラップがサンプリングされている。このアルバムはカニエのディスコグラフィの中では最も未完成なものだ、かつて「Stronger」のミックスダウンで歌詞違いも含めて75種類ものバージョンを制作したカニエの強迫観念的な完璧主義がここにきて理性的に落ち着きをみせた。カニエが自分の父親が自分と同じくワーカホリックで、それが原因で父親が今でも家族から疎まれていると告白したことも今のカニエの心境と無縁ではないだろう。ヴィック・メンサに客演した「U Mad」に引き続き一年のうちに2度も抗鬱剤であるレクサプロが歌詞中に出てきて(「FML」)、「カニエは鬱病でレクサプロ使ってるんじゃない?」という極々マニアックな噂に対しての言及らしきものも含まれている。創造的で予言的な先駆者の根底には暗い澱みのようなのが流れており(カニエは「Feedback」で「俺を1人の天才と名付けてくれ/しかも狂っていない天才」と呼びかけているが)、『The Life of Pablo』というタイトルはカニエのお家芸であった自慢風リリックと同様に個人的な警鐘として機能しているのかもしれない。「Father Stretch My Hands」の最後、カニエが「父さん/あなたの姿を思い浮かべながら/俺は目を覚ましたいんだ」と懇願する場面はアルバムで最も慈悲深い瞬間だ。セックスの誘惑に耐える寒々しい「FML」でカニエはキムに「連中は俺が君を愛するところなんて見たくないんだ」と告げる。「Real Friends」はもしかしたらカニエが書いた最も悲痛な楽曲かもしれない、ここでの彼は『808s & Heartbreak』の頃のように家族からは疎外され、『College Dropout』の頃のように同窓会で壁の花になっているはみ出し者を演じている。



Tuning into the humanity in Kanye's music amid bursts of boorish static can be difficult, and the most prominent example of assholery on Pablo comes from the instantly infamous jab "I feel like me and Taylor might still have sex," which feels like a piece of bathroom graffiti made to purposefully reignite the most racially-charged rivalry in 21st-century pop. But there's lots more where that came from, sneaking in behind the headline: "If I fuck this model/ And she just bleached her asshole/ And I get bleach on my T-shirt/ I'mma feel like an asshole" is maybe the most unforgivably stupid thing Kanye West has ever rapped. And on the bonus track "30 Hours," he takes a moment to sneer, "My ex said she gave me the best years of her life/ I saw a recent picture of her, I guess she was right."


At moments like this, you sense the airlessness of super-celebrity closing in around him. Even when he was being loathsome, Kanye's behavior always felt rooted in something messy and relatable. During the wild scrum of The Life of Pablo's press cycle—when he tweeted "I own your child!!" at Wiz Khalifa in response to a minor misunderstanding, or his "BILL COSBY INNOCENT !!!!!!!!!!" tweet, for instance—there was a prevailing sense that Kanye had entered such a consequence-free zone that we can never truly relate to him anymore. Once upon a time, he was The Asshole Incarnate, the self-described "douchebag" that we couldn't look away from. But there are moments here where he just sounds like another asshole.


とはいえ、やはり、カニエの荒れ狂うエゴの噴火から生まれてくる音楽がヒューマニズムのみに照準を合わせるのは難しかったようだ。カニエのassholeっぷりが最も露骨な形で表れているのが、「Famous」のテイラーに向けられた「俺とテイラーはセックスするんじゃないかって/今でもそう思っているんだ」というリリックだ。21世紀のポップ・シーンにおける黒人vs白人の縮図であるカニエとテイラーの対立がここで再び火が付けられた。しかし、カニエ史上最も多分酷いラップがこのセンセーショナルな喧嘩の陰に隠れてしまっている。「このモデルとファックして/彼女がケツの穴を脱色したばかりで/俺もTシャツを脱色していて/まるで俺もケツの穴」。これはひどい。クソすぎる。そして「30hours」ではカニエは嘲り笑っている。「元カノが言ってた/私は私の最も美しい時期をあなたにあげたわって/最近の彼女の写真を見たよ/その通りだ」。その姿にリスナーはスーパーセレブ界の風通しの悪さを嗅ぎ付けるかもしれない。いかにカニエが下劣に振舞っていようと彼の行動にはどこか幼児性と共感が感じ取れたが、『The Life of Pablo』リリース時の一連のゴタゴタ、お互いの瑣末な誤解でウィズ・カリファに「お前の子供の父親は俺だ」と暴言を吐いたり「ビル・コスビーは無罪だ‼︎‼︎」とツイートしたり、にはカニエのパブリック・イメージ通りの支離滅裂で理解できない振る舞いだった。カニエはかつては決して目を逸らせないassholeの化身、カニエの言葉を借りるなら”douchebag”な存在だったが、いまのカニエはまるでそこら辺にいる「凡庸な」クソ野郎に映る瞬間がある。

And yet, as it always does in Kanye's essentially crowd-pleasing, deeply Christian music, the light wins out over the darkness. A madcap sense of humor animates all his best work, and The Life of Pablo has a freewheeling energy that is infectious and unique to his discography. Somehow, it comes off as both his most labored-over and unfinished album, full of asterisks and corrections and footnotes. "It was my idea to have an open relationship, now a nigga mad," he jokes on "30 Hours," sending up his own masculine fragility. "I need every bad bitch up in Equinox/ I need to know right now if you a freak or not," he jokes on "Highlights."


And with The Life of Pablo, this humor isn't just in the verses, it's in the rollout, too. Somewhere between the record's several title changes, it started to feel like Kanye had decided to turn his troubled-blockbuster-syndrome into performance art. "We still don't have a title," Kim Kardashian tweeted, days before the announced rollout. The day after he rented out Madison Square Garden so he could plug in his laptop, it was suddenly unclear, again, if the album was coming out at all; the mess was so profound that a tweet noting "Young Thug claimed on Periscope it was coming out on SNL tomorrow" suddenly seemed like solid intel. Chaos reigned, and as the twists and turns mounted, it was hard to keep from laughing helplessly.


しかしカニエの音楽の本質、つまりいつだって人々をハッピーにする敬虔なクリスチャン・ミュージックにおいて、光は闇を凌駕する。卓越したユーモアのセンスが彼の傑作に命を吹き込んできたし、『The Life of Pablo』にも彼のディスコグラフィに特有の無軌道な才気が迸っている(が、どういうわけか彼の作品中最も凝りすぎて/しかもアスタリスクや注釈や訂正だらけの未完成な作品にもなっている)。「30 Hours」ではカニエは彼の男性的な弱さを晒し「全てのニガーとスワッピングしたい/それが俺のアイディア」と、「Highlights」では「光の下で全ての悪いビッチを集めてくれ/いますぐ好き者か確かめないと」と笑いを誘っている。『The Life of Pablo』においてユーモアは歌詞中だけでなく発売形式についても発揮された。幾度にも及ぶアルバムのタイトル変更のどこかの地点で、カニエのパフォーマンスに対する大スターらしい俗っぽい欲求が首をもたげたように思われる。発表の数日前にキムが「まだタイトルは決まってないのよ」とつぶやき、マディソン・スクエア・ガーデンでの発表会を経てやっとカニエはパソコンの前に腰を据えた、と思いきや突然、またもやアルバム発売そのものに暗雲が立ち込めた。カオスで笑うしかなかった。

Around this point, the joke became clear: This whole thing—album cycles, first-week sales, release dates, the album-as-statement, the album itself—is ridiculous. The only other recent marquee star to allow something this messy to bear their name was Rihanna, whose ANTI was released into the world last month in a similarly slipshod manner. Both stars are jewels in the late-period Roc-A-Fella dynasty, their careers forged in the dying embers of the old-school music industry where promotional campaigns were telegraphed months in advance, where singles and video rollouts were executed with airstrike precision, where release dates loomed like skyscrapers. In the ensuing industry freefall, Kanye and Rihanna have weathered every absurdity imaginable—platinum plaques handed out by Samsung, biometric suitcases carrying leakproof records, artist-owned streaming services that put up their records for a few minutes by accident. Watching the sea of confusion and despair on news feeds and timelines, you can almost hear them chuckling: None of this matters, because none of it is real.


これらの悪ふざけ、つまりは二転三転するタイトルも、発売日も、アルバムのステートメントも、というかアルバムそれ自体の存在も、総じて、要は馬鹿げている。これほどの横暴を行なおうと自身の名前に傷が付かないスターは近年ではカニエ以外には1人しかいない。リアーナ。彼女の最新アルバム『ANTI』も『The Life of Pablo』と同様に常識はずれな方法で先月に世界中にばら撒かれた。カニエとリアーナ、両者は後期ロッカフェラ帝国を象徴するスターで、それはつまり彼/彼女のキャリアは、プロモーション用の広告が発売の数ヶ月前に打たれ、先行してシングルやミュージックビデオが綿密に計画され、発売日は摩天楼の最上階で決定されるような今や死に体の旧来の音楽産業によって築かれたものだった。やがて訪れる帝国の凋落の時代に、カニエ/リアーナサムスンからのプラチナ製の表彰楯や『Watch the Throne』に対して贈られたバイオメタリック製スーツケースといった考えうる限りの馬鹿げた時代遅れの産物以外に、音楽家自身がほんの偶然に誤って数分間アップロードしてしまうようなストリーミング・サービスも所有している。タイムラインやニュースフィード上に氾濫する失望や混乱を眺めていると、カニエやリアーナ達のクスクスとした笑い声が聞こえてくるようだ。これらのどれも取るに足らないわ/だってどれもリアルじゃないから、と。


If there was a larger message behind all this impulsive last-second lurching and heaving, that was it. "We on an ultralight beam/ This is a God dream" reads like an affirmation that we live in a world touched by divinity—but it could also mean the universe is a trick of the light, and we're nothing but a figment in a higher being's imagination. Nothing is as it seems, nothing is safe from revision, and nothing lasts: In one last rug pull, Kanye claimed that the "Pablo" of the title was neither Escobar nor Picasso, but St. Paul of Tarsus ("Pablo" in Spanish). The claim slots neatly with his assertion that The Life of Pablo is a "gospel album," and on "Wolves," he offers a resonant, lonely image: Kim and Kanye as Mary and Joseph, alone in the manger and surrounded by the void. "Cover Nori in lamb's wool/ We surrounded by/ The fuckin wolves," he raps. If Pablo is indeed St. Paul, Kanye might have a passage on his mind from Corinthians, Chapter 13 verse 2: "If I have a faith that can move mountains, but do not have love, I am nothing."


もしアルバムに関する土壇場でのセンセーショナルな紆余曲折の背後に、何らかの重大なメッセージがあるとすれば。「俺たちは高次の光の中にいて/それは神の望み」というチャントは2通りに読み解ける。我々は神の御手が触れる世界に生きているのだという肯定とも、この世界は高次の光が映すまやかしで我々はその高次な存在の想像上の産物に過ぎないという認識とも。目に映るものは幻で、凡ゆるものは改訂から逃れられず、永遠なるものは存在しない。アルバムタイトルについてカニエは梯子を外すような発言をしていた。曰く、タイトルのパブロとはパブロ・ピカソでもパブロ・エスコバールでもなく聖人である「タウルスのパウロ」その人であると(パブロとはパウロのスペイン語表記)。なるほど、もしそうならば「『The Life of Pablo』はゴスペル・アルバムなんだ」という発言や「Wolves」における空虚に囲まれた飼い葉桶の中のカニエ/キムの姿をメアリー/ジョセフに擬える想像力は合点がいくものになる。「愛する娘を子羊のウールで包んでくれ/俺たちは囲まれている/恐ろしい狼達に」とカニエはラップする。本当にパブロが聖人パウロを指すならば、カニエは聖書のこんな言葉を心に留めているはずだ。


If I have a faith that can move mountains, but do not have love, I am nothing.

たとえ山を動かすような強い信仰を持とうと、愛がなければそれは無に等しい。

(コリントの信徒への手紙─第13章2節)



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