神聖かまってちゃん
神聖かまってちゃんを初めて見たのはNHKのMusic Japanという歌番組だった。タイマーズ時代の忌野清志郎を思わせるの子の風貌、トラッシュなギター、君と僕と音楽しか存在しない歌詞。サウンドとしては何ら新しいものはない。my bloody valentineとPixiesいうよくある組み合わせだった。ただメンタリティとして新しく感じた。2ちゃんねるを筆頭に最初は軽い冗談と自虐として始まった「リア充爆発しろw」が徐々にシリアスに笑えなくなり臨界点を迎え、とうとう逆襲に転じた。演奏の最後
「全国のNHKを観ているバンドマン!聞いてるかい?これからは俺の時代なのである!」
という宣言は「バンド=リア充のもの」という図式を転覆させようとした宣戦布告だった。
ロックンロールは鳴り止まないっ TV 神聖かまっ... 投稿者 kou-djp
話は前後するが、テレビ出演の数週間前に彼らはデビューEPをリリースした。
友達を殺してまで/神聖かまってちゃん 2010
タイトルにおける「友達」が誰のことを指すのかは意見が別れるみたいだが、ここではの子のいう「ネットのファン」説を採用しよう。確かにネットという閉鎖空間を抜けマスに音楽を届けたい、という決別宣言にも取られかねない程に、収録された楽曲はスカムなM6を除いてしごく真っ当なパンクミュージックとなっている。テレビで披露されたM1は音源で聞くと窮鼠猫を噛む的な切迫感はなく、実にストレートなロックレジェンドに対する憧れが感じられる。
この頃の彼ら、特にの子は意識的にロックヒーローたろうとした。デビューEPリリース後に行われたライブでの観客に向けたこんなMCが象徴している。(余談だが甲本ヒロトもロックンロールの本質は「許されること」と語っていた)
「いまテレビだぜ。上がってもいいぜ。何してもいいぜ。俺が許す」
(1:08〜)
それから数ヶ月後、彼らは2枚のアルバムをリリースする。
みんな死ね/神聖かまってちゃん 2010
「みんな死ね」ではM2,M6,M9における印象的でささくれたギターリフなどグランジ色が増し、PixiesやNirvanaの影響を強く感じさせる。
「上へ上へ駆け登ってく」と歌うM1から始まり、素直な自己肯定M4、世界に刃向かうM5、男の子の無尽蔵なエネルギーと無鉄砲さを讃えるM8、陰鬱な歌詞と裏腹にポジティブささえ感じさせるM9、そして感動的な終曲M13とサウンドの幅は広がったが基本的には「みんな死ね」は「友達を殺してまで」の延長線上にあるといえる。
恐らく最もアルバムを象徴するのはパニック障害の少女をコミカルに描いた「最悪な少女の将来」だろう。この曲に顕著なようにセクシャルマイノリティー、引きこもり、オタク、メンヘラ、ニート、フリーター、無職といった所謂「負け組」に対する辛辣ながら優しげな視線に溢れている。そういった意味で当時のの子のスタンスを正当に汲んだ極めて真っ当なファーストアルバムと言えるだろう。
しかし、そんな「生きたい/生きろ」と歌うアルバムは同時に「死にたい/死ね」と歌うアルバムを生み出した。決して癒されることも許されることもない「病んだ魂」について歌ったそのアルバムは「つまんね」と名付けられた。
つまんね/神聖かまってちゃん 2010
サウンドとしては「みんな死ね」が凡庸に感じられるほど多彩で、スカム、ノイズ、エレクトロニカ、シンセポップ、グランジ、ダブ、シューゲイズといったサウンドを全てジャンクにぶち込んでかまってちゃん流に仕上げた文句無しの大傑作だ。
まずは冒頭の「白いたまご」の凄まじい音の壁に圧倒される。YouTubeやニコニコ動画で見ているような音の分離の悪さが高じてひとつの音塊となってこちらに押し寄せてくる。「白いたまご」とは「救われた自分」のメタファーだ、それを破壊せよ、かち割れ、とこの曲は命じる。
「救われると思うなよ」とだけ歌う「黒いたまご」、ひたすら「苦しい、嫌だ、死にたい」と願う「天使しゃ地上じゃちっそく死」。アルバムの前半はそんな希死念慮が渦巻いている。とにかく「つまんね」のだ。救われることも、救うことも、復讐も。
そしてアルバムの後半では「学校に行きたくない」と喚いた彼は青い顔をして「通学LOW」を歩き、「いかれたneet」だと開きなおり、「さわやかな朝」にごまかされて冷笑し脱力して生きていくことを選ぶ。
彼らはこの2枚のアルバムリリース後、徐々にその求心力を失ってゆく。の子のルサンチマンはテレビ番組やタイアップにより消費され続け、ついには世界に懐柔されてしまう。
「君と世界の戦いでは君は世界に介添せよ」とF・カフカは言った。神聖かまってちゃんは同じ轍を踏み、そして世界が勝利した。では「君」のいない「君」の味方は一体誰なのか?無?そんなわけはない。それでも「君」を介添してくれた何か、それが「つまんね」/「みんな死ね」というアルバムだ。
君はどうしようもないだろうね
どうにもならないだろうね(黒いたまご)