Ducktails『St. Catherine』
麗しき新世代ギターロック・バンドの雄リアル・エステート、そのギタリストであるマット・モンダリルが率いるダックテイルズ。ソロプロジェクトといっても結成は2006年と、2009年に始動したリアル・エステートよりも歴史は古く、寧ろ彼にとってはホームとも呼べる存在かもしれない。彼らの5作目のアルバムとなる『St. Catherine』が先日、前作と同様に名門レーベルDominoからリリースされた。
St. Catherine/Ducktails
リアル・エステートといえば何より特徴的なのが「ヒプナゴジック」(入眠的)と称されるアンビエントなギターサウンド。その立役者であるマットが中心となるバンドだけあって、ダックテイルズでは蠱惑的なギターが更に強調されている。まずはタイトルトラックでもあるこの曲を。
2014年屈指の傑作スティーブン・ステインブリンク『Arranged Waves』を連想させる流麗なアメリカーナ風のメロディが、同じく昨年リリースされた傑作マック・デマルコ(今作にもゲスト出演している)の『Salad Days』に漂うブルーなセンチメンタリズムを混じえながら、サイケデリックですらある激ドリーミーなサウンドで演奏されている。(そもそもリアル・エステートのフォロワーでもあり)デマルコのレーベル・メイトでもあるクラフト・スペルズ『Nausea』のようなソフトロックのテイストも感じ取れるが、一言で表現するなら、要は、単純に、そう、つまりは「最高」ってやつだ。このマット・モンダリルという男は、とにかく本当に曲が書ける。
Pitchforkに「ニュージャージーからこの少年を追い出すことはできても、この少年からニュージャージーを追い出すことはできない」と揶揄に近い評価を下されたように、彼は今だに過去の思い出に囚われている。リアル・エステートの『Atlas』が成長に伴う痛みについてフォーカスを当てたアルバムだったとしたら、この『St. Catherine』は反動のようにノスタルジアに耽溺している。このダックテイルズ(Ducktails)というバンドの名前自体がマットが幼少時代に夢中になったディズニー番組の「Duck Tales」から取られたものであり、まるでブライアン・ウィルソンが作ったインストゥルメンタルのような今作のオープニング・トラックが、そのディズニーのTVアニメシリーズの総称である「Disney Afternoon」と名付けられていることからも、『St. Catherine』がいかにチャイルディッシュな煌めきに溢れた作品であるかは想像に容易いだろう。メランコリックな2曲目「Headbanging In The Mirror」の歌詞をみてみよう、はっきりと退行の願望/意志が綴られている。
Headbanging in the mirror
Wish I could see so much clearer
Just let me come down from this speedy
Afternoon interior dream
In my late twenties
I flew to LA
Born in New Jersey
I drove on the highway
Working nine to five
I won't play that game
When you caught my eye
I wasn't the same
Now they're headbanging in the mirror
Now I can see so much clearer
Just let me come down from this speedy
Afternoon interior dream
Headbanging in the mirror
And I can see so much clearer
Don't ever let me come down from this
Afternoon interior dream
鏡の中にヘッドバンギングしている姿
もっとはっきり見えたらいいのに
今すぐ僕をこの午後の白昼夢から目覚めさせて
僕は20代後半にロサンゼルスに引っ越した
産まれたのはニュージャージー
高速道路を通り
9時5時の仕事をしている
もうゲームもしたくなくなった
君が僕を見かけたら
別人かと思うだろうね
今や彼らが鏡の中でヘッドバンギングしている
今の僕にははっきりと見える
今すぐ僕をこの午後の白昼夢から目覚めさせて
鏡の中にヘッドバンギングしている姿
僕にははっきりと見えている
もう僕をこの午後の白昼夢から目覚めさせないで
年内に新作がアナウンスされているジュリア・オルターをゲスト・ボーカルに招いた4曲目「Heaven's Door」(アルバムを締めくくる「Reprise」はこの曲の変奏)と9曲目「Church」。その曲名以上に神秘的な彼女の声が、その名がアルバムにも冠された聖女「アレクサンドリアのカタリナ」を自ずと連想させる。聖カタリナが最も崇拝されている聖人の一人とはいえ、何故マットがそこまで彼女に入れ込んでいるかは明らかにされていないが、敬虔というよりも寧ろ日曜日に教会に足を運ぶ子供のような素直な信仰に対する帰依を読み取ることも可能だろう。6曲目「The Laughing Woman」(聖カタリナのことだろうか?)の歌詞にその信仰心は告白されている。
Can you stop thinking life’s a joke
When you know everybody hurts?
Pretending everything’s just fine
Leaving your dignity behind
みんな傷付いている事を知ったなら
人生が冗談なんて考えはやめないかい?
全てが上手くいっている振りをすることも
尊厳を置き去りにすることも
今作をプロデュースしたロブ・シュナップフという人物の名前に聞き覚えはないだろうか。ベック、ヴァインズ、ナイン・ブラック・アルプスなどを手掛けた売れっ子だが、最も有名なのはエリオット・スミスの共作者としてだろう。彼は『Either/Or』『XO』『Figure 8』といった傑作を共同でプロデュースし、楽曲によっては演奏にも参加するなど、まさに右腕として活躍した男だ。
晩年のエリオット・スミス作品のようなストリングス・ワークも見事だが、ギターの鳴りとドラムのプロダクションに関しても細部まで神経が行き届いているのが素晴らしい。そのことが『St. Catherine』を単なる白昼夢的なサウンド内に留まらせずに深い陰影を与えているのは間違いないだろう。
子供の頃の夏休み。毎晩夜更かしし、昼前に起きてはテレビを付け再放送のアニメを観るような、そんなだらしない生活を送っていたのはきっと僕だけじゃないはずだ。アニメも終わってしまい、くだらないワイドショーしかやってなくて暇を弄んでいた夏の午後。あのなんとも退屈で甘美な時間の流れを僕はこのアルバムに感じ取ってしまう。『St. Catherine』はまるで夏の青空のようなアルバムだ。そしてその青はきっと、まだセックスも何も知らなかったあの頃に見ていた夏の空の、あのブルーだ。