Sentimental Drone Music Disc Guide
あくまで個人的な実感の域を出ないのだけど、2000年代前半、fennesz『Endless Summer』という傑作に端を発して「叙情的なエレクトロニカ」とカテゴライズされる音楽の大ブームがあった。あなたが僕と同じくあの時代に音楽に夢中だったなら、Mego, Karaoke Kalk, Kompakt, Morr…といったレーベルからリリースされた作品を一枚ぐらいはもっているかもしれない。
Pop Ambient/V.A 2004
エレクトロニカをどれだけ細分化してもミニマル(反復)/アンビエント/ドローン(持続)ミュージックを精確に切断することは不可能かもしれないが、この順で展開が少なくなる、ざっくり言えば、最も地味なのが「ドローン」である、という意見はコンセンサスを得れるだろう。古くはラ・モンテ・ヤングから辛うじて体系的な体裁をとってきたドローンミュージックの最突端としてこの作品を挙げたい。
What You Hear (Is What You Hear)/Thomas Brinkmann 2015
神々しくもあり、飛行機のエンジン音のようでもある持続する音がもたらす奇妙な陶酔。スタイルとしてはドローンに限定されずハードミニマル、インダストリアルテクノ、など多岐に渡るが、アルバムを通じて「ミニマリズム」という理念/理想を少し息苦しくなるほど求道的に実践している。
だが今回僕がレコメンドしたいのは、ドローンミュージックにおいてミニマリズムとストイシズムの間で固く交わされた握手が緩まった2000年初頭の叙情的なドローン作品群だ。テイラー・デュプリーという人がいる。坂本龍一やIlluhaとの共作や「四つ打ち」の傑作『Focus』で彼を知る人もいるだろう。彼が設立した「12k」というエレクトロニカレーベルからリリースされたドローン作品の多くが、ミニマリズムからストイシズムが換骨奪胎されセンチメンタリズムに置き換わっている。例えば、この曲。
深々と降り積もる雪と喪失感。勿論この抽象的なサウンドスケープをひとつの解釈の枠に収めてしまうのはナンセンスな行為に違いないが、ここに何らかのセンチメンタリズムを見出すの容易いだろう。
ドローン、つまり持続は、そのまま引き延ばしと言い換えが可能だ。反復にストイシズムがなければ醜いが、引き延ばしにストイシズムは必ずしも必要ない。寧ろ「だらしなく続いていく」という快楽には邪魔ですらある。誰だってベッドルームで淡い感傷にだらだらと弄ぶ夜がある。このテキストではそんな「引き延ばされた感傷」を扱うディスクを「12k」の作品を中心に10作取り上げてみる。よかったら、アブストラクトな夏のお供に。
Stil./Taylor Deupree
2002年作。12kより。先にサンプルとして提示した「Snow / Sand」が収録されている。杉本博司の「海景」という写真作品からインスピレーションを受けたという、20分以上の大作であるタイトルトラックが白眉。揺れる海面を反射する光のような電子音の美しさと確かに感じる誰かの気配。じっとそのまま(=Still)な自然とそのままでいられない人間という生き物。
その他のTaylor Deupree関連作品。
→『January』(2003,spekk)
→『Shoals』(2010,12k)
Apikal.Blend/Sogar
2003年作。12kより。ドイツ人アーティストSogarの傑作3rdアルバム。余談だけど僕のはてなIDはこの人から拝借しています、つまりとても大好き。Mamualにも通ずるメロディアスな「Com 3.6」などを筆頭に展開が多彩で、厳密にはドローンとは呼べないかもしれない。暑さを遠ざけるためのクーラーの音や匂いが逆に夏を強く想起させるように、この極めて人工的なサウンドスケープは何故かヒトのテクスチャーを感じさせる。キラキラと跳ねまくるグリッチノイズと高解像で無機質なサマーフィーリング。桁違いの大傑作。
その他のSogar関連作品。
→『Stengel』(2002,List)
→『Eel and Coffee』(2003,Taylor Deupreeとの共作ライブ盤、激レア)
Shining/Mimamo
2005年作。12kより。現在、映画音楽なども手がける杉本佳一によるMinamoというバンド編成名義での作品。ギター、電子音、キーボードによる即興色の強いドローン。兎に角、冒頭「Crumbring」の素晴らしさ。メロディーや規則的なテンポに「なってしまう」直前で立ち止まっている。引き延ばされた時間の中で思い出すのは遠い思い出。誰もいないビーチで。
その他の杉本佳一関連作品。
→『Air Curtain』(2003,12k)
→『Water Miror』(2004,Apestaartje)
Hum/Sawako
2005年作。12kより。昨年6年ぶりの新作をリリースした日本人アーティストSawakoの作品。ドローンサウンドに彼女のウィスパーボイスや弦楽器が調和する。このドローンに甘い歌声を乗せるというアイディアに着想を受け、レーベル主催者のTaylor DeupreeはJPOP専門(!)のサブレーベルHappyを設立した(という妄想)。ノスタルジアと御伽噺のような不気味さはドローンという「永続性」との親和性が極めて高い。
その他のSawako関連作品。
→『nu.it』(2014,Basukaru)
→『Ephemeral』(2005,happy,SawakoではなくPianaというこちらも日本人アーティストの「JPOP」作品)
Shttle 358/Chessa
2004年作。12kより。Dan Abramasという青年のソロプロジェクト。ギターとさざ波のようにハウリングするドローン。メロディーの断片が美しい「Chessa」や「Marche」も素晴らしいが、やはり最終曲「Scrapbook」がベストトラックだ。甘やかなストリングとぶつ切りのグリッチ、おセンチすぎるギター。これがドローンミュージックと呼べるかはかなり危ういが、超が付くほどの名曲。
その他のChessa関連作品。
→『Can You Prove I Was Born』(2015,12k)
Let's Make Better Mistakes Tomorrow/Tomasz Bednarczyk
2009年作。12kより。まずタイトルがいい。明日はもうちょっとマシな間違いをやらかそうぜ。非ドローンなピアノの掌作「the sketch」を挟んで前後編に分けられる。個人的にはダークな後半よりも透明度が高い前半部分が本当にとても好み。白い光の朝に。
Movememts/Koda
2004年作。Infractionより。穏やかで強烈な催眠効果を持つ正統派のドローン。当然、全曲ビートレス。どの曲もいい、だって基本ずっと同じだから。ジャケット通りの暖かな日差しを感じさせるサウンドスケープに時折挿入されるメロディの萌芽に胸が締め付けられる。荘厳にも、厳格にもなりきれない、人肌の可憐なミニマリズム。
Jessa/Northern
2007年作。Infractionより。これ、元々はアルバムの特典音源だったのだけど、あまりにネット上での評判が高かったから必死で探したがどうしても見つからなかった。Bandcampにアップされてようやく聴くことができ、感涙。アルバムを通じて暗く深い場所に潜ってゆくような瞑想的な作風だが、決して難解になりすぎる事はない。寂しげで郷愁を誘うドローン。「Patrol」の神聖な幕引きが見事。
その他のNorthern関連作品。
→『Drawn』(2007,Infraction)
The Disintegration Loops Ⅰ/William Basinski
2002年作。William Basinskiの代表作。テープに録音された音の経年劣化/変化に着想を受け、一時間以上繰り返される長大なループを徐々に崩壊(Disintegrate)させてゆくという実験。偶然このアルバムの作業中に発生した同時多発テロにより「崩壊」してゆくWTCと重ねられたビデオのせいで良くも悪くも政治的な匂いのする作品となってしまったが、あくまでこの作品の本質は経年により失われてゆくものに対するノスタルジアだ。ループが半ば強引に引き延ばされ、旋律は面影を失い、単なる持続音になる。こんなにも悲しい音楽はない。
その他のWilliam Basinski関連作品。
→『The River』(2003,Raster-Noton)
→『The Garden of Brokenness』 (2002,Raster-Noton)
Haunt Me,Haunt Me,Do It Again/Tim Hecker
2001年作。Substractifより。不幸にもあなたがドローンミュージックにまだ触れたことがないのなら、数ある名作の中で真っ先に聴くべきは間違いなくこの作品だ。純粋なクオリティの高さに加え、持続音だけでなくグリッチノイズやアンビエント風のサウンドが効果的に取り入れられておりとても聴き易い。一瞬の、しかし身悶えるような胸の痛み。それを顕微鏡で覗き込むように拡大し緻密に音へトレースしたのなら、きっとこんなにも静かな音楽を奏でるはずだ。可能な限り最高のサウンドシステムで再生して耳を傾けてほしい。
その他のTim Hecker関連作品。
→『My Love Is Rotten To The Core』 (2002,Alien8)
→『The Ravedeath,1972』(2011,Kranky)